水魔女再考・14:続・エリクト&エアリアル

 2024/09/06 Fri

水星の魔女

水星の魔女 先日の「水魔女再考・13:エリクト&エアリアル」にて、
あそこらへんの疑問点は全て書き出したつもりだったものの、
久しぶりに読み返したら、書き忘れがあったことに気付きました。
いつものようにこっそり追記しておこうかと思ったけれど、
あちらはすでになかなかの大ボリュームになっているので、
こちらで別記事としてまとめておきますね。

真エリクト? 真エアリアル?

何度も同じことを繰り返してしまうけれど、
「エアリアルの中に『誰か』がいる」というのは、
物語中に何度も仄めかされていたし、
それがエリクトだった、というのも予想どおりではありました。

ただ、でも、
「家族のように想い、家族のように接してきた相手は、
 事実、『家族(姉、クローンにとってのオリジナル)』でした!」
というのは、うーん、ダメってわけじゃないしイヤとまではいかないけれど、
何かこう、「ズコーッ!」って感じ、しませんか?
「ズコーッ!」、って……。

「物言わぬ鉄の塊を『家族』と称し、親しみ愛でる女の子」
っていうのが、スレッタの特異性やそれまでの孤独を感じさせて、
不思議ちゃんとか魔女っ子っぽさもあって、イイ!
そこにロマンを感じるぜ!
……と思っていたのですが、私だけだったのかなぁ、そういうの。
(あ、エアリアルはディスプレイの点滅とかで、
 ある程度の意志表示はしていたようだけれども)

だから、
「本編中の描写を素直に信じると、
 エアリアルとエリクトは完全イコールっぽいな?」
とほんの少しがっかりしていたところに
「エリクトを何者かが妨害する」というシーンが挟まれて
(第23話、データストーム突入時)、
「おっ、真エアリアル!? それとも真エリクト!? キタキタキター!!」
って気持ちでわくわくしてしまったのですが、アレって結局何だったんだっけ……。
「何で邪魔するの!?」って、何に対して、誰に対して言ったのか、
小説版では明らかにされたりするんでしょうか。

パイロットとAI&MSの絆

プロローグにおけるエリクト&ルブリスのやりとりから、
「AIとの対話&相互理解」もテーマの1つなのかな、
と勝手に期待してしまっていたので、
スレッタがキャリバーンに対して対話を試みなかったことも、
障害を負う結果になってしまったことも、とても残念です。

一方で、「対話」シーンこそなかったものの、
順を追って「AIとの相互理解」を見せてくれたのが、
グエルくん&ダリルバルデでした(個人の解釈ですが)。

最初は「MSに変なもん入れるな!(意訳)」とイラついたり、
「黙れよ!」で強制停止したり、嫌悪感や拒否感の強かった彼が、
そのAIに助けられたり、次第に完全に使いこなしたりしていくところが、
パイロットとAI(MS)、双方の変化や成長を感じられて、好きだなぁ。

グエルくんは、よく、一部の層からは、
「主役を喰った」とか「尺を奪った」などと言われていますが、
そもそも彼に主人公っぽい立ち回りをさせているのは、製作側なんだよね。
スレッタもミオリネも、どうして何もさせてもらえなかったんだろうね。
私はこのことにもずっと怒っています。

序盤のうちは、「女子2人+グエルくん」の3人で、
ヒーロー要素とヒロイン要素を少しずつ分割して回していくのかな、
と思いながら見ていました。
でも、物語の中でグエルくんの軌跡が半ば独立してしまっているのと、
女子2人の人生さえ、
ほんとうの意味では交差しないままだったように思うので、
この主要3キャラが「個」のままで終わってしまったなぁ、という印象。
いやー、水魔女って何を言いたい話だったのか、ほんっと、わからんな……!

……あれ? 何か話が逸れちゃった。ごめんなさい。
えーと、そうそう、AIとの対話でしたか。
そもそもスレッタは、エアリアル(&姉たち)の声が「聞こえる」ことを、
どう解釈していたんだろうね?
他のMS&パイロットもそういうものだと思っていたのかなぁ。
いや、でも、だったら、
キャリバーンにも自然に話しかけたりしていただろうし、
「エアリアルは特別だから、たくさん話してあげて」
とか何とか、お母さんに言われていたのかなぁ。
他人のMSや量産機にも声かけたりしちゃうスレッタ、
見てみたかったんだけどなぁ。

「祝福」

ちょっと余談になってしまうのだけれど、
ついでだからこれも書いておくか。

私はS1主題歌の「祝福」が好きだし、
素晴らしい曲だなぁ、と今でも思っています。
原作とされる「ゆりかごの星」を初めて読んだ後も、
「エアリアルがスレッタを想う気持ちを歌にすると、こうなるんだ!」
って感動したし、YOASOBIってすごいな、と尊敬しちゃってます。

そして、私は彼らの他の楽曲にはあまり詳しくないのですが、
「勇者」や「アイドル」も、
「特定の作品の、特定のキャラの心情を歌ったもの」として、
とんでもなく出来がいい曲だな、と思っています。
(? ちょっと上から目線っぽいかな? ごめんなさい)

それと、世の中には、聞いた人の多くが
「自分のことを歌われているようだ」と感じる歌もあるけれど、
「祝福」などはそれとは対極の位置にあるなぁ、って。
(これは、どちらが優れているか、という話ではないですよ)

解釈も感想も、受け手側の自由だけれど、
私にとっては、「祝福」が他のキャラのイメージと重なることはないなぁ。
そして、YOASOBI側としては、
発注者に「他キャラのイメソンにもなる(意訳)」とコメントされて、
どう感じたんだろうか、と思っちゃったりしています。

……ものすっごい今さらな話題でごめんなさいね。
でも、これ、私、言ってなかった気がするので。
でもでも、ずっとずーっと、そう思っていますよ。
「祝福」は、エアリアルとスレッタのためだけの曲だよ。

NEXT

水魔女再考・15:ガンプラPVとしての成否

水魔女再考・15:ガンプラPVとしての成否

ホビーアニメとしての水魔女 ニチアサの場合 シュバルゼッテ 赤いシュバルゼッテ キャリバーン エアリアル ホビーアニメとしてのノルマ ホビーアニメとしての水魔女 「玩具やゲームの販売促進のために作られたアニメ」のことを 「ホビーアニメ」と呼び...

You may also like

水魔女再考・13:エリクト&エアリアル

水魔女再考・13:エリクト&エアリアル

まえがき エアリアル開発の謎 「私の可愛い娘たち」 生体データ 「私の最高傑作さん」 「人格入れ替わりイベント」を見たかった エリクトの特異性 SF&リアリティライン まえがき 本編最終回からも全校集会からも1年が過ぎてしまいましたが、 み...

【最終回感想・5:エルノラ&エリクト】「機動戦士ガンダム 水星の魔女」

【最終回感想・5:エルノラ&エリクト】「機動戦士ガンダム 水星の魔女」

最終回の感想をあれこれ書いてきて、 自分がリアタイ直後に感じたあの衝撃が、 「期待をほぼ裏切られたこと」以上に「不完全燃焼の大洪水」に由来する、 ということがわかってきました。 そこに辿り着いただけでも、こうしてアウトプットすることには意義があったなぁ。

Labels

Archives

Recent Posts

Profile

桜衣淑乃(SAKURAI Yoshino)
めんどくさがりやの凝り性
ラクをするための手間は惜しまず
お茶と焼き菓子とぬいぐるみが好き
本館サイト「花楽紗【KARAKUSA】」

HOMETOPCONTACT

Powered by Blogger | Designed by QooQ