水魔女再考・9:プロスペラ・マーキュリー

 2024/04/09 Tue

水星の魔女

水星の魔女

まえがき

過去に、青年心理学の授業で、家庭内・親子間の問題について学んだ時、
「完璧な親なんていないし、問題のない家庭なんてない。
 片方が一方的に耐えていたり、双方が問題を自覚していない場合もある」
という話を聞きました。

私自身はわりと平穏な家庭に生まれ育ったと思っているけれど、
それでも父や母のことが嫌いだったり苦手だったりする時期はあったし、
学生だった当時は、今以上に中身が幼かったこともあり、
親との付き合い方でモヤモヤしてしまったりもしていました。

でも、この時のこの言葉が妙に胸にすとんと落ちて、
「親」である前に「1人の他人」なのだと改めて認識できて、
その後、まぁまぁ良好な関係を築くに至ることができたかな、と思っています。
(側から見てどうなのか、親側がどう思っているのかはわかりませんが、たぶん……)

最近、「自他境界線」が話題になることが多いけれど、
自然で健全な親離れ・子離れって、そこらへんの見直しから始まるのかなぁ、
というのを、当時得た知識や実体験から何となく感じていました。

そしてまた、自分が年齢を重ねるごとに、
フィクションを楽しむ時もついつい親世代の目線になり、
無意識にその肩を持つようになっていることを、
時々はっと自覚させられる瞬間があったりします。
そんな時は、
「いや、でも、子どもにとってはこういうのはなぁ……」
とこっそり軌道修正したり、
過去の自分の気持ちをちょっと思い返したり、しています。
水魔女の大人世代のキャラクターとして、
私はプロスペラ(エルノラ・サマヤ)がとても好きです。
最初にプロローグを見たせいもあり、つい肩入れをしてしまう、とか、
能登さんの演技やお声も素晴らしかった、とか、
その理由はいくらでも語れます。

ただ、それでも、彼女がスレッタにした行いには強い憤りも感じていて、
本編が、スレッタが彼女を全肯定するかたちで終わってしまったことに、
戸惑いも感じています。

プロスペラ(エルノラ・サマヤ)

プロスペラに対する私の基本的なスタンスは、
以前、「最終回感想・5:エルノラ&エリクト」にてまとめたように
こんな感じです(↓)。
ただ、これまで何度か書いてきたように、私は彼女に関しては
「スレッタに対して、愛はなかった(「復讐のための道具」扱い)」
ととらえているし、許されない面も多々あると思う。
精神的な支配とか、心理的虐待(エリィ最優先であること)とか、
水星時代とかは特に、あんなの、ネグレクトでしょ。
そもそも、スレッタの存在というか、
あの子が誕生した(作られた?)経緯こそが、罪の証でしょ。
「スレッタが優しい子に育ったのは、プロスペラから愛情を受けて育ったから」
という指摘があり、それも一理あるなぁ、とは思います。
ただ、でも、「『愛情を受けないと優しい子に育たない』わけではない」、
とも思っているわけで……。
このあたり、たぶん人それぞれに持論があると思うし、
正解は見つかることもないだろうけれど、うーん、難しいなぁ。

それはそれとして、根性焼きのシーンでエリィちゃんが語る、
「ホットココアと蜂蜜のキャンディー」のシーンの回想カットは、
ものすごーく大好きです!
公式のネットプリントも刷って、手元に置いているくらい好き。
あのエルノラからは、確かに愛と温かさが溢れていますよねぇ。

これまでに優しい二次創作をたくさん拝見したので、影響を受けやすい私は、
「(スレッタに対して)愛はなかった」という解釈から、
あるいは「(道具扱いするはずが)愛してしまった」なのかもしれない、
とも思うようになりました。
ここらへんは、公式としては「愛はある」としているんでしたっけ?
いや、でも、そもそも愛があるなら何をしてもいいのか、という話でもあるしなぁ。

全てを理解したスレッタが、
自分が生まれた経緯やエリィのために利用され続けたことに対して、
プロスペラにはっきりと怒りをぶつけてくれたらよかったな。
その上で、「それでも私は、お母さんが大好き」と言うのなら、
説得力もあるし、彼女の成長も感じられるので、
あのラストにこんなに絶望させられることもなかったのだけれど。

本編では、母と姉がクインハーバーで虐殺を行った件について、
スレッタがどう思っているのか視聴者にはよくわからないまま、
「肯定します!」で終わってしまったので、もやもや……。
自分自身にされた行いについては、肯定しても否定しても、そりゃ自由だけれど、
全てを肯定したり許したりする権利なんて、ないはずなのになぁ。
やー、このへん、何度振り返っても、頭がおかしくなりそうよ……。
ついでに、放映中から今に至るまで何度も繰り返し話題になる、
「母親なら、等しく愛してやりなさいよ!」について。
ミオリネさんのこの台詞は、正論ではあるものの、
彼女がここでプロスペラに対して使うのは、やっぱり変だよなぁ、と思う。
自分の親が元凶なのに、とか、
スレッタの願いは「エリィと同様に愛されること」ではなかったのでは、とか、
そもそも、そういう問題じゃない、とか、
リアタイ視聴時も「????」と思いましたが、違和感は増すばかりです。

でも、あのシーン、制作陣としては、
ミオリネさんの名台詞・名場面として描いているっぽいんだよね。
そもそも根本的に、「スレッタをプロスペラに会わせる、話をさせる」ために
クワゼロにみんなで向かったんじゃなかったっけ? あれ?
水魔女、何で途中から「ミオリネvsプロスペラ」みたいな話になっちゃったんだろうね?
ミオリネさんが立ち向かうべきは、やっぱりデリングだったんじゃないの?
も〜、やっぱりあのへん、もう、話がぐちゃぐちゃで、わけがわからんなぁ。

あと、個人的には、「親は子を平等に愛せ」はもちろん前提としつつも、
個々の人間同士なんだから、相性だってあるよなぁ、とも思っちゃう。
親子だろうが兄弟だろうが、それだけで自動的に愛情が湧くわけでもないし、
何らかの理由でお世話が必要な子と、そうでもない子(きょうだい児)とか、
事情のある家庭だって、いっぱいあるわけじゃん。
だからと言って、「不平等な育児」を肯定するつもりはないけれど、
ここらへんも一時期いろいろなご意見が出ていましたよね。

ぶっちゃけ、あの台詞のせいで、作品の格もミオリネさんの格もガタ落ちして、
すっごい陳腐な話になっちゃったなぁ、と思っています。
製作陣は母親・育児・女性に対して、薄っぺらい興味しかないんだなぁ、という印象。
プロスペラ&スレッタはやっぱり、少し歪な親子関係のままに見えてしまうので、
それを補えるような「信頼できる大人」が、誰かついていてくれたらな、
と今でも思ってしまいます。

そう、子どもが大人になっていく過程では、
「信頼できる大人」とどれだけ出会えるか、というのがけっこう重要だなぁ、
などと考えているのですが、どうでしょうか。
周りにたくさん、そういう人に恵まれていれば、そりゃあ心強いけれど、
たった1人でも、もうちょっとまともな人が側にいてくれればなぁ。
ベルメリアさんは、この親子を一旦切り離して繋ぎ直すためのキャラかな、
とも思っていたから、ちょっと残念……、いや、とても残念だったのでした。
まぁ、勝手に期待して失望するな、って話ですけれども。ちぇっ。

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