バタバタしているうちにすっかり日が経ってしまいましたが、
月を跨いでようやく後半をまとめました。ふ〜。
前半では、個人的にマイナスポイントだったところを書いたけれど、
楽しめた部分もあるので、今回は主にそちらを挙げていきますね。
思い出すまま徒然と、自由に書き出していきますよ〜。
マチュ
全12話とコンパクトなアニメだったのと、主人公であるマチュの行動力がものすごかったのとで、
毎回すごい勢いで話が進んでいって、わくわくしました。
特にお気に入りのキャラやカプはいないままで終わりましたが、
カプやコンビ、師弟関係など、
いろいろな組み合わせで楽しめるのがいいよね。
商品展開も、そこらへんを好きに楽しめるように、
ファンの自由にさせてくれているような印象を持っています。
ファーストを少し前にさらっと見ただけの私には、
細かいところがよくわからなかったりしたけれど、
マチュのぐんぐん突き進んでいく感じ、嫌いじゃないよ。
「年齢のわりには、ちょっと幼いなぁ」とは思いましたが、
それ故の失敗やニャアンとのすれ違いもしっかり描かれていたし。
母親とか、アンキーとか、シイコさんやララァ、そしてコモリちゃんなど、
いろいろな立場や考えを持つ女性たちと出会って、
マチュの中で何かが変わったり変わらなかったりする、
っていうお話だったなぁ、私にとっては。
ニャアン&キシリア様
ニャアンとキシリア様の関係も好きだったなぁ。ニャアンがキシリア様の保護下に入って、
あの長い髪をキシリア様御自ら、
ブラシでといてあげているシーンがありましたよね?
あれ、私、すごく好きで!
いや、好きというか、ハッとしたんですよ。
まず、髪のお手入れをしたりされたり、っていうのは、
信頼関係もしくは愛情、あるいは明確な主従関係がある場合に
限られると思うのですよ。
これは、男性とか女性とか関係なく、誰でもそうだと思っていますが、
特に女性同士でこういう姿を出されると、
両者の関係がすごくわかりやすい、っていうか、
感覚的にパッと伝わってくる、っていうか。
髪だって身体の一部なんだから、
誰だって、嫌いな相手に触られたりはしたくないと思うのですが、
ああいうシーンをお出しされると、
「あ、この2人はもうそういう関係なんだな」って。
書き方がエロっぽくなっちゃいましたが、性的な意味ではなくて、
あ〜、いや、人や作品によってはそういう使い方をするかもしれませんが、
だいぶ親密になったんだな、とか、
お互いに仲良くなりたいと思ってるんだな、とか、
そういうのを一瞬で説明できちゃう描写だよなぁ、っていう。
カレカノ&マーニー
ちょっと話は逸れるけれど、カレカノ(「彼氏彼女の事情」)でも、そういうシーン、ありましたよね。
つばさちゃん(主人公の友人)の長い髪を、
父の再婚相手(一馬のママ)がアレンジしている、みたいな。
再婚話を受け入れられなくて荒れていたけれど、
紆余曲折を経て髪を触らせるくらい気を許せる中になった、
という、印象的なエピソード。
そして、これ、アニメ版はガイナックス制作でしたね。
監督も庵野さんが務めてらしたような。
そうだ、思い出した!
カレカノのアニメを姉と一緒にいている時に、
この「髪の手入れをする女性同士の関係」について、
姉が熱弁を振るっていたのでした。
普段はそんなふうに語ることはないのですが、
何やら深く感銘を受けたみたいで……。
私が今、書いてきたことは、たぶんこの時の姉の影響です。
姉は昔から、古典から話題作まで、物語の本をよく読んでいたのと、
専攻が私と同様、心理学関係だったのもあって、
心に響くものがあったのかもしれませんね。
ちなみに、ジブリアニメの「思い出のマーニー」では、
「ねえや(メイドさん?)が私の髪を乱暴にとかす」
とか何とか、マーニーの台詞で出てきましたが(うろ覚え)、
それだけで、彼女が大切に扱われていないことが、
こう、パッと、ズガーンと、伝わってきたのでした。
たぶん、こういう描写に思いを馳せる下地として、
小さい頃、母に髪を結んでもらったりした経験や思い出が
関係していると思うのですが、
男の人は別に、そうではないのかな?
現代日本だと、男の子って、短くカットしている子が多いから、
あのシーンでこの感覚を持つこともないのでしょうか……。
あと、女性でも、幼少時、
身だしなみを気にかけてくれる母親的存在がいなかったり、
本人がそちら方面に対する目覚めが早くて、
小さいうちから自分であれこれやっていたとかで、
何の感慨も生まれないシーンだったりするのかな。
「ヒゲマン」「コモりん」
そうそう、ニャアンとキシリア様の関係の変化を端的に見せたのが、この、髪のお手入れのシーンだったと思うのですが、
一方、マチュがシャリアさんやコモリちゃんとの関係の変化は、
「ヒゲマン」「コモりん」といったニックネーム呼びで表していましたよね。
一応、テロ関係者として拘束されていながらも、
軍の偉い人をこんなふうに呼んじゃうマチュの、
遠慮のなさとか、それが許されちゃう仲とか、
そういうのを一瞬で伝えてきて、すごいなぁ、と思ったのでした。
(何だか上から目線っぽくなっちゃいましたが、鮮やかだなぁ、って……)
ああ〜、コモリちゃんもいい子だよねぇ、
まだどんな子かわからない時から、私服を貸してあげたりなんて、
優しさと思いやりがないとできないよ。
マチュとコモリちゃんの、姉妹のような雰囲気も、
もっと見ていたかったなぁ。
書きながら思い出しましたが、キシリア様も素敵だったよねぇ。
ファーストの時は、変な兜&覆面のおば……おねえさん、
というイメージでしたが、
このジークアクスだと、かっこよくて美しくて……!
ニャアンのことも、突き詰めれば、まぁ、駒扱いなのだろうけれど、
同時に、矛盾せず、妹や娘のように可愛がっていたんだろうなぁ。
キシリア様もニャアンも、
「好きな人や親しくなりたい人に手料理を振る舞う」
っていう共通点があるから、
ああいう状況でなければ、もっと親しくなれただろうな、と思う。
でも、あんな世の中だからこそ、2人に接点が生まれたのであって、
そこらへんに気付くと、ああん、もう! ……ってなりますねぇ。
ニャアン
この子はだいぶ、最初に予想していたのとは違うキャラでした。もっとクールでシャープな子かと思いきや、
巷で言われていたように、ちいかわでしたね。
生い立ちのせいもあって、その場を、その一瞬を、
必死に生き抜いてきた結果、ああいう性格になったんだろうな、
というのが想像できてしまって、ちょっと辛かったです。
マチュとはまた別方向に、幼い子でした。
この子の場合は、もっとちゃんとしたサポートが必要だなぁ、って。
シュウジ・マチュ・ニャアンの恋愛的な三角関係で売り出すのかな、
と視聴前は思っていたのですが
(というか、実際そのつもりだったのかもしれませんが)、
ニャアンにまず必要なのは「家族」とか「家庭」で、
「恋人」はまだ早い、「友人」ももしかしたらちょっと早い、
というイメージで落ち着きました。
ニャアンがジークアクスに乗った時、
風邪でまともに動けなかったシュウジ(赤いガンダム)を
盾扱いしたことが話題になっていましたよね。
そして、それが「弟を雑に扱う姉」と例えられていましたが、
最後まで見終えた今は、むしろ「兄を頼るしかない妹」のように思えます。
「(マチュのことは置いて)2人で逃げよう!」
とシュウジにすがりつくところも、恋愛感情とかではなくて、
「今」を生き抜くのに必死だったんじゃないかな、って……。
マチュとの仲が拗れたものの、
彼女を守るためにキシリア様を咄嗟に撃っちゃったり、
マチュに「マブになろう!」と言われただけで感激してハッスルしちゃったり、
「ニャアンはそういう子」と言われたら納得するしかないけれど、
見ていて危ういな、という感想が先立ってしまいました。
ニャアンというキャラクターは好きだけれど、
「主人公が女の子で、その他のメイン筆頭も女の子」だから、
例えば SEED のキラ&アスランみたいな2人を期待していたのですよね。
彼らも未熟な面があったし、失敗することもあったけれど、
「女の子同士の親友かつライバル」って、ガンダム界では需要がないのかなぁ。
シュウジ
マチュがシュウジに一直線なのは見ていてすごく好きだったし、想いが通じたのはよかったなぁ、と思っています。
でも、シュウジとララァがどういう関係だったのか、
そもそもシュウジは何者だったのか、というあたりが謎すぎて、
このあたり、私はキャラにもカプにものめり込めなかったなぁ。
この物語の主人公はマチュで、
たぶん彼女は、シュウジの出自にこだわっていないので、
その説明は極力省略されたんだろうな、話数の都合もあるしな、
とは思っていますが……。
その他女性キャラ
そういえば、マチュママのタマキさんが一部で毒親だの何だの叩かれていましたが、あれ、不思議だったなぁ。
自分がもう、親目線でもキャラクターを見てしまうせいもあるけれど、
少なくとも、劇中の描写から読み取れる範囲では、
十分やっていたように思えるんだけれども。
グラタンだっけラザニアだっけ、
「手作りだから愛情はかけている」はともかく、
「冷凍食品(出来合い)だから愛情はない」という感想を見かけて、
「いつの時代の人!?」ってびっくりしちゃったよ。
「食事の世話をする」というのが大事なのであって、
そこに大きな差異はないのでは?
進路相談について親子で揉めた時も、
そもそも進路希望に「クラゲ」って書いちゃうのは、
ふざけてるとしか思われないよね。
そこからマチュの内心の不安や不満を読み取って寄り添って、
……なんて、ちょっと難しすぎやしませんかね。
それにマチュも、
もうちょっと具体的に素直に、その漠然とした悩みを伝えていたら、
拗れることもなかっただろうけれど、
あの年頃の子どもには、それがいちばん苦手なんじゃないのかねぇ?
あと、マチュがどうやら最終回のあのシーンまで、
親には連絡していなかったことでも、何やら叩かれていたけれど、
私は、その件についてはシャリアさんとかコモリちゃんとか、
ジオンの人間から伝えておくべきだったと思っているのですが、
こういう考えって少数派なんですかね?
だって、未成年なんだし、
機密事項に関わらせていたのは軍の勝手なんだし、
本人に連絡手段を解放したかどうかは関係ないんじゃない?
シイコさんについても、どこまで本気だったのかはわかりませんが、
深すぎる考察(?)を見かけて、びっくりしました。
私もよく、勝手にあれこれ妄想して楽しんでいるけれど、
「彼女は強化人間」「植え付けられた偽の記憶」「『坊や』は存在しない」、
って、いやぁ、うーん、そう……? って……。
あちこちから指摘されていたけれど、
こういう「『平和な生活や家族を置いて戦場に戻る』」
という男性兵士にありがちなドラマを、
女性にはさせない、させたくない、という傾向(?)は、
「母は息子である自分に無償の愛を注いでいる(注ぐべき)」
っていう根源的な願望(?)に繋がっているのかなぁ。
興味深いなぁ、と思いました。
TAT採りたくなってきちゃうなぁ。
まとめ
あのラストは私好みです。「もう2度と会えない(かもしれない)
(でも彼らならいつかきっと、と希望が持てる)ED」
が大好物なので。
そして、マチュとニャアンがそれぞれ敵対組織に拾われた頃から、
EDの「同居して歌って踊るマチュ&ニャアン」は
「本編には存在しない、完全なるif」と言われていましたが、
最終回のラストシーンにしっかり繋がっていることが判明して、
よかったなぁ、うれしいなぁ、と思いました。
作っていたスタッフさんたちは、視聴者の反応が楽しかっただろうなぁ。
いやー、きれいに騙されちゃったなぁ〜。
あのED映像で、最後に誰もいなくなるのは、
あのあと2人が、シュウジを探しに出ていった、という解釈を見かけて、
そういうのいいな、広がりがあって楽しいな、と思いましたねぇ。
私にとってこのアニメは、「おもしろい」とまではいかなかったけれど、
世間の盛り上がりを一緒に体感できて、とても楽しかったです。
キャストさん&スタッフさん、ありがとうございました〜!
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