今回は父方のご先祖様のルーツというか、
「母が嫁入りする頃に、父方の祖母(=母にとっての義母)から聞いた伝説」です。
- 昔々は、今の和歌山のあたりで海賊をやっていた
- 時代が下って、紀州徳川家のお姫様を嫁に迎えた
- 一族の先祖代々の墓が
菩提寺(in 和歌山)の中でけっこういい場所に陣取っているのは、
その頃の栄華の証
冷静に考えると、藩主のお姫様が海賊の一族に嫁ぐとは思えないので、
「水路・海路関係での実力者・権力者」みたいなものかな、
とも思っているけれど、
「ならず者の一族のもとに差し出された、人身御供の姫君」
っていう別路線の妄想もこっそり膨らませています。ほわわん。
「海賊」っていうキャッチーなワードは、ネタとしてはおもしろいので、
飲み会にちょいちょい出かけていた頃は、
自己紹介の時によく使わせてもらっていたっけ。
ありがとう、おばあちゃん。
海賊としてのお宝も、徳川家ゆかりのお宝も、
家系図すらもなーんにも残っていないけれど、
母は「ご先祖が海賊っていうのは、ほんとだと思う!」と主張しています。
その根拠としては、
「お父さんの一族は、みんなお酒が強い&声が大きい!」って。
え? お母さんの中の海賊のイメージって、そこ??
うーん、これだけでは何とも言えないし、
声が大きいのは大家族(7人兄弟)だったせいもあるんじゃないのかなぁ。
言いたいことをちゃんと言わないと、立場が弱くなりそうな……(偏見?)。
ただ、でも、父が慕っていた、自身の兄弟の長兄は、
商船学校に進学して、船長さんのお仕事をしていたと聞いています。
かっこいい制服姿の写真、見せてもらったことあるし、
それを着せてもらってニコニコ顔の父の写真もあります。
伯父自身が海賊伝説を意識していたかどうかは不明ですが。
あっ、そういえば!
私、体育の時間は怒られるか笑われるかどちらかだったし、
成績は常に低空飛空だったけれど、
水泳だけはできるんですよ、わりと人並みに。
小学校の時にスイミングスクールに通ったから、というのも大きいけれど、
これはもしや、私の中に眠る海賊の血の影響が……!?
(まぁ、もう10年以上、泳ぎに行っていないのですが)
それから、先日墓じまいをした、もともとの菩提寺について。
先ほど上にも書きましたが、補足をしておきますね。
菩提寺のお墓の並びは、雛壇というかすり鉢状というか、
こう、スタジアムの観客席のようになっていたのですが、
父方の一族のお墓は、そのいちばん上らへんの、
見晴らしのいいところにありました。
私がお参りしたのは一度きりでしたが、その時に、
「確かに、こんないい場所にお墓を作れたのは、
少なくとも当時は、お金か権力があったんだろうなぁ」
と納得したのを覚えています。
よく考えたら、あのお墓は、
この海賊伝説の唯一の物的証拠だったかもしれないですね。
でも、もう、和歌山には一族の誰も住んでいなからなぁ……。
父は自分の生い立ちをそんなに語らない人で
(というか、あの年代の男性ってだいたいそんな感じかも)、
母から聞いて知った話が多いし、
その母も、祖母から教えてもらった情報も多いようなので、
実際のところは、正直、よくわかりません。
ただ、前に聞いたのは、
戦争の影響と、大家族ということもあって、
とにかく生活に苦労した、ということ。
「赤飯をおかずにごはん(白米)を食べる」とか、
「うどんをおかずにごはんを食べる」、というのもしょっちゅうだったみたい。
祖母の献立センスとかの問題ではなくて、
そもそも日本全体が食糧難だったんだろうなぁ。
おばあちゃん、家族を飢えさせないように、必死だったんだろうなぁ。
まぁ、父が生まれる前だか後だかに、商売に失敗したとかで、
実際、お金がなかったという話も聞いていますが。
そして、父の兄弟はみんな、「母に苦労をさせた」という理由で、
祖父を憎んでいた、という話もあったりするし……。
私が物心ついた頃には、祖父はすっかり認知症が進んでいたし、
祖母は優しかったけれど、年に一度会うかどうかで、
会っても何を話せばいいのかわからず、緊張しちゃっていました。
でも、祖母は和裁が得意で、リウマチでだいぶ不自由になったその手で、
私と姉に、晴れ着や浴衣を作ってくれたことがありました。
私はあんまりお洋服に興味がなくて、いまいち感謝も感動もしなかったけれど、
祖父母が亡くなって何年も経って、姉がとあるバイトでその浴衣を着た時、
マネージャーさん(?)にとても褒められたそうです。
上等な生地で、仕立てもいい、って。
その頃には、私も多少は成長していたこともあり、
遅ればせながら、ようやく祖母からの愛情に気付いたのでした。
今だったら、戦争の話とか、女学校の話とか、嫁入り話とか、
聞きたいこといっぱいあるんだけどなぁ。
可愛くない孫で、ほんとうに、ごめんねぇ……。
……と思いながら、先日もここに書いたように、
遺影(の額縁)の処分をしようと思っています。
どうしよう、年内にやっちゃおうか、もう。
ゆるゆるひっそり、進めていこう。